X 線等量子ビームを用いたイメージング技術とその社会応用
1. はじめに
量子ビームにはX線・ガンマ線といった光子線、中性子線、粒子線、ミューオンなどが含まれ、その特性(透過能、エネルギー付与など)を利用して、医療診断・治療、非破壊検査、材料分析等に広く用いられている。例えば最近は中性子を用いたがん治療(BNCT)が普及しつつあるが、これは中性子がホウ素に特異的に反応することを利用している。
X線はその中で最も一般的なものであり、その透過力の高さや比較的容易に発生・検出が可能であることから、イメージング技術を用いた医療診断や非破壊検査や、分光や回折技術などを用いた材料分析の分野などで広く利用が進んでいる。例えば溶接部の非破壊検査方法として X線によるものが規格化(JIS Z3104や JIS 3110など)されているなど、一般的かつ有用なものと認識されている。
X線の透過率は、物質の種類と密度・厚さによって決まる。基本的には原子番号が大きくなるほど透過率は下がり、X線のエネルギーが高くなるほど透過率は増加する。観察対象に応じて、用いるX線のエネルギーや必要な性能(視野・感度・解像度など)を有する検出器を選定する必要がある。
X線を発生する光源として、SPring-8のような大規模施設からポータブルな小型・軽量なものまで、その用途に応じて多種多様なものが開発・販売されており、まさに千差万別である。固体型の二次元検出器(カメラ)に関しては、従来のX線フィルムやイメージングプレート(IP, Imaging Plate)からデジタル化が進み、高解像度な CMOSカメラ、大面積なフラットパネル検出器(FPD, Flat Panel Detector)への置き換えが世界的な潮流となっている。
当研究グループでは、X線を中心とした量子ビームに関して、その発生・検出技術ならびにイメージングをはじめとする先端分析技術の開発とインフラ・工業製品検査等のさまざまな産業応用を進めている。発生・検出技術開発では産業応用を念頭にして、可搬・省エネであるなど実用性の高いものを中心に開発している。本稿では、特に二次元検出器とイメージング技術を中心にその取り組みを紹介する。
2. X 線用 FPD の高度化
2.1 FPDの概要
前述したように X線の二次元検出器にはさまざまなものがある。X線フィルムや IPは、電源不要、軽量、大面積、長時間の積算が可能など多くの特徴を有するが、現像(IPの場合はコンピューターによる読み取り)が必要であるなど画像を得るまでに時間と手間がかかることから、作業効率を上げるために検出器のデジタル化が進むようになった。
X線のデジタル検出器としては、CMOSイメージセンサとFPDに大別される。CMOSセンサは、ピクセルサイズの小ささによる解像度の高さや増幅回路の内部実装による感度の高さといった利点をもつが、製造技術・コストの問題により大面積化が困難である。また、一般的に CMOSセンサは放射線耐性に課題があり、そのため CMOSセンサ部分への放射線量を低減するために Fiber Optics Plate と呼ばれる保護層が用いられるが、これにより鮮鋭度が低下してしまうという問題もある。
FPDは液晶ディスプレイ等に用いられる薄膜トランジスタ(TFT, Thin Film Transistor)を用いることにより、大面積化が可能になり、医療診断や比較的大きな工業製品やインフラの検査などで IP等からの置き換えも急速に進み、近年のX線検出器業界では最大のシェアを占めるようになっている。ただし FPDは CMOSと比べると一般的に感度や解像度が低いことなどが問題となる。
FPDには直接変換型と間接変換型が存在する。直接変換型は、半導体中に入射された X線により直接生成された電荷を信号として画像化するものである。間接変換型は X線を吸収したシンチレータからの蛍光をフォトダイオードアレイで検出する。一般的に、直接変換型は解像度が、間接変換型は感度、価格競争力、安定性の面で優れている。図 1(a)には、間接変換型 FPDの概要図を示す。 TFTアレイ内のコンデンサに蓄積されたフォトダイオードからの信号電荷を読み出し、AD変換器(ADC)でデジタル化する。
我々は特に間接変換型 FPDに注目して、高感度化・高解像度化、更なる大面積化に取り組んでいる。
図1(a) 間接変換型 FPD の概要図(断面図)・(b) 開発した FPD の模式図
2.2 高感度・大面積 FPDの開発
FPDの感度が低い原因として、TFTからの電荷のリークや外来ノイズの問題が挙げられる。まず我々は TFTとしてリークの少ない高性能なものを採用した。フラットパネル部とデジタル回路部およびゲート制御部との分離(図1(b))などと併せて、ノイズの低減と露光時間の長時間化を可能にした。加えてフラットパネル部以外を鉛などの放射線遮蔽材で保護することにより、放射線耐性の向上も可能になる。
現在我々は FPDとして、有感領域が A3サイズ以上の約 43 cm× 35 cm、ピクセルサイズ 139 µm、露光可能時間 180秒以上、かつバッテリーで駆動できるものなどを開発してきた1)。社会・産業インフラの検査などでは、厚い対象物(配管、電柱、線路など)を透過してきた微弱なX線の検出が求められる。本 FPDでは長時間露光により、厚さ 10 cmの鉄を通してもX線イメージングが可能である。かつバッテリーでの駆動もできることから、屋外利用だけでなく、ロボットなどに搭載して遠隔操作による検査も可能である。例えば、同じく産業技術総合研究所で開発している小型・バッテリー駆動可能なX線源と組み合わせることで、化学プラントなどの配管検査を自動で行うことができる装置開発も行っている 2)。また本技術を応用して、X線の後方散乱イメージング技術も開発している。これは対象の片側に X線源と検出器とを配置して内部の観察ができるため、例えばトンネル、道路などの検査手法として有効なものである。
2.3 隔壁シンチレータによる FPDの高解像度化
また、間接変換型 FPDの課題として、解像度特性が挙げられる。これはシンチレータからの蛍光が 4π方向に広がり、隣接するフォトダイオード(ピクセル)においてもその信号を検出してしまう(クロストーク)ことが主な要因である(図2(a)参照)。
図2 間接変換型 FPD の従来品 (a) と隔壁を利用した開発品(b) の違い(断面図)
我々はこの改善方法として、フォトダイオードのピクセルサイズに対応した隔壁アレイを設置し、その中にシンチレータ粉末を封入する手法を考案・開発している(図2(b)参照)。この隔壁の作製には、プラズマディスプレイの作製技術を応用している。隔壁により、シンチレータからの蛍光の拡散が抑えられるため、クロストークがほとんど起きずに、ピクセルサイズと同等の解像度が期待できる。図3に同ピクセルサイズ(200 µm)の市販の通常の FPDと開発した隔壁型 FPDとの撮像結果の比較を示す。開発品は画像の鮮鋭度が向上し、フィラメント部分がより鮮明に写っている。一般には間接型の FPDは解像度が劣るとされているが、本技術により直接型の FPDや CMOSセンサと同等もしくはこれ以上の解像度が得られていることがわかる。このような改良により、例えば広視野かつ高解像度で工業製品の内部を非破壊で観察し、配線不良や接合ミスなどの検査に応用することができる。
図3 電球のX線画像の比較;(a) 従来品の FPD、(b) 開発品の FPD(ピクセルサイズはともに 200 µm)
通常の間接変換型の場合、感度を上げるためにシンチレータの厚さを増やすと、クロストークも増えてしまうために、感度と解像度との両立は困難である。しかし本手法は原理的にはシンチレータ厚を増やしても鮮鋭度は劣化しない。ただ本手法ではシンチレータに粉末の物を用いているためシンチレータは不透明となり、シンチレータ内での蛍光の自己吸収のため、ある一定厚さ以上では感度の向上は見られなくなる。また、この方式では隔壁の厚さ分だけ開口率が低下するため、細かいピクセルサイズではシンチレータの実効面積が相当小さくなり、感度が実用的でなくなるという問題がある。より薄い隔壁の作製を含めて、解決策を模索している最中である。
3. ガス電子増幅器による X線検出
これまで説明してきた FPDや CMOS等はすべて固体の検出器であるが、ガスを利用した検出器も利用されている。食品、炭素系材料(CFRPなど)、薬剤をはじめとする軽元素で構成された対象の非破壊検査においては、よりエネルギーの低い X線(例えば 10 keV以下)が適している。しかしながら一般的に X線発生装置からは連続的なエネルギーのX線も発生するので、固体シンチレータでは10 keV以上の X線によってコントラストが低下してしまう。その一方でガスはその物理的な特性から、相対的に高いエネルギーのX線に対して感度が低く、より低エネルギーのX線に対して感度があるため、ガスを検出媒体とした検出器は高エネルギーカットフィルタのような働きが期待できる。
そこで低エネルギーX線に感度の高いガスを用いたX線二次元検出器の開発が進められている(図4(a)参照)。ガス電子増幅器(GEM, Gas Electron Multiplier)を主な構成要素をするものであり、もともとは素粒子実験等で用いられてきた。 GEMは多くの孔が開けられた材料(一般にはポリイミド樹脂など)の表裏に金属電極を被覆したものである。この GEM内に二種類のガス(X線→電子、および電子→蛍光の変換を行うもの)を封入し、電極に高電場を印加すると、X線によって生成した電子が GEM内にて電子雪崩を起こして増幅される。この増幅された電子による蛍光を観察して、X線の検出を行うものである(図4(b)参照)。蛍光の観察には可視光用の CCDカメラ等を用いるのが一般的であり、ミラーを介してCCDカメラに蛍光を入射させて、X線イメージ像を得る。ミラーを用いる理由の一つとして、CCDカメラをX線の軸上から外すことで放射線耐性を高めることが挙げられる。
我々はこの GEMの材料にガラスを用いたものを開発している3)。ガラス製にすることで、GEMを厚くでき感度が増加するとともに、GEMの利用で大きな問題となる放電に対する耐性を向上させることができる。多孔ガラスはパターン露光やエッチング技術により製作している。図4(c)に開発した GEMを用いて観察した昆虫のイメージング像を示す。羽や脚、内部をコントラストよく観察できていることがわかる。食品内部の異物混入検査など本技術の応用範囲は広い。
この手法は粒子線、β線、中性子線などにも有効である。例えば放射線治療に用いている炭素イオンビームのイメージングにも成功している 4)。放射線治療では用いるビームの形状を患部と対応させる必要があるが、GEMによりビーム形状の迅速な観測が可能になり、より正確な放射線治療などに貢献できる。
図4 (a)GEM を用いた X 線二次元検出器の概要、(b)GEMによる X 線検出の模式図、(c) 開発した GEM による低エネルギー X 線イメージング結果の例(例:昆虫)。
4. 中性子イメージング技術
X 線以外に産業利用、特に非破壊検査に有効な量子ビームとして中性子線も注目されている。中性子と物質の相互作用は X 線とは異なり核反応であることから、透過率は原子番号と相関がなく、同じ元素でも同位体で異なる(例えば軽水素と重水素を区別できる)。中性子は、X 線ではほとんど見ることができない水素にも感度があることから、水の観測などにも有効である。また X 線よりも一般に透過能が強く、金属(特にアルミニウム)内部の観察には X 線よりも有効であることが多い。
非常に簡単に述べると、X 線は主に金属、中性子は樹脂や水などでコントラストがつきやすいという特徴がある。図5にX線と中性子でのイメージング結果の違いを示す。サンプルは釣り用のリールである。このように樹脂(ナイロン糸やハンドル)と金属(アルミの筐体など)が組み合わさったサンプルでは素材ごとの吸収の差が顕著に見られる。特に水素や水でコントラストが付きやすいため、金属やコンクリート、さらには植物・食品内部の水の拡散・浸透の観察などにも有効である。
図5 イメージングの比較の例 (試料:釣り用リール); (a)X 線、(b)中性子
これまで開発してきた FPD や GEM の技術は中性子にも有効である。中性子に感度のある元素(例えば 6Li や 10B)を含むシンチレータなどを用いることで、X線同様に二次元イメージ像を得ることができる。図5の結果も我々が開発した中性子用 FPD によるものである。GEM に関しては、 10B 等と中性子との反応で生じたα粒子等による電離をX線同様に増幅して検出できる。
その一方で、中性子は X 線と比べて線源が一般的でないという別の問題があったが、原子炉やJ-PARC といった大型施設だけでなく、北海道大学の HUNS、 理化学研究所の RANS といった比較的小規模の施設も利用が進められている。産業技術総合研究所でも AISTANS と命名した小型中性子解析施設 5)の稼働が始まっている。このように中性子イメージングの普及に向けた取り組みも行われている。
5. 課題と今後の展開
検出器技術を中心にX線と中性子イメージングへの取り組みを紹介してきた。X線等の非破壊検査をはじめとする産業応用はかなり一般的になりつつあるが、解決すべき課題は山積している。
例えば、インフラをはじめとする大型の対象を検査するには、より高エネルギーのX線が不可欠である。しかし高エネルギーになればなるほど、検出感度も低くなり、現状では約 1 MeV のX線に対しては1% 程度の検出感度しかない。これを改善するだけでも非常に大きなインパクトがある。また高エネルギーX線を発生する技術も無論重要であり、小型化や省エネ化に向けた開発も進めている。発生源の出力を数倍高めることは電源等の大型化やコストの面で困難な場合が多いが、検出器の感度向上でも同様の効果が得られる。他にもトレードオフの関係になりがちな解像度と感度において、ともに高度化できるような技術開発も行っている。産業応用やその場検査には、利便性やコストも重要な要素であり、我々はそこにも重きをおいた開発を進めている。
非破壊検査等の対象に応じて X 線源(エネルギー、出力、パルス性、可搬性など)や検出器(面積、解像度、感度など)に必要な能力は異なるため、それぞれ適した手法・装置を選択する必要がある。また X線以外にも中性子など他の量子ビームが適している場合も多く、選択の範囲は限りない。不明な点等はぜひとも相談いただければ幸いである。
謝辞
本稿で紹介した成果の一部は NEDO インフラ維持管理・更新等の社会課題対応ステム開発プロジェクトの「大面積 FP 型イメージセンサによるX 線非破壊検査装置開発」、および科学技術振興機構(JST)「コンパクト中性子源とその産業応用に向けた基盤技術の構築」の委託業務の結果で得られた。本研究の遂行に当たり、鈴木良一、加藤英俊、大島永康、佐藤大輔博士らをはじめとする分析計測標準研究部門のX線・陽電子計測研究グループ、放射線イメージング計測研究グループのメンバーのご協力に謝意を表します。