RoHS 指令規制物質の分析 ―フタル酸エステルの分析―
1.はじめに
欧州連合(EU)において、2000 年10 月に発効されたELV 指令(廃自動車指令)により2003年7月以降、自動車の部品・材料に鉛(Pb)、水銀(Hg)、カドミウム(Cd)または6価クロム(Cr 6+)の4物質を非含有にしなければEU 加盟国への輸出が禁止されている。
また同様に2006 年7月に施行されたRoHS 指令(電気電子機器に含まれる特定有害物質の使用を制限する指令)では、Pb、Hg、Cd、Cr6+ に加えて2種類の臭素系難燃剤PBB(ポリ臭化ビフェニル)、PBDE(ポリ臭化ジフェニルエーテル)の6物質は、対象となる電気電子機器への使用が禁止になっている。このRoHS 指令は、2011 年7月に全面改定され、これまで対象になっていなかった電気電子機器も順次適用されるとともに、6物質の非含有のためのEU 適合宣言の作成が義務化された。
さらに、プラスチックの可塑剤として主に使用されているフタル酸エステルの一部は遺伝毒性が疑われ、玩具や食品包装材などへの含有が規制されている。2019 年7月からは、RoHS 指令においても、4種類のフタル酸エステル(フタル酸エステル類(フタル酸ジ- 2 エチルヘキシル (DEHP)、フタル酸ジブチル(DBP)、フタル酸ジイソブチル(DIBP)、フタル酸ブチルベンジル(BBP))を電気電子機器への最大許容含有量1000ppm(0.1%)として規制することが決定した。 電気電子機器は部品点数が多大で、さまざまな材料・物質を使用していることから、サプライチェーン全体にわたって有害物質の非含有を管理することが製造者の責任となっている。管理は非含有の情報をサプライチェーンで伝達することが基本ではあるが、必要に応じてサンプリングして分析機器により検査する。
RoHS 指令で規制物質を中心に電気・電子機器中に含有する有害物質の分析法については、IEC(国際電気標準会議)がスクリーニング法と検証試験法を表1に示すようにIEC 62321 として規定している。
部 | タイトル |
---|---|
1 | 電気・電子機器中における特定物質の定量 手引及び概要 |
2 | 分解,分離及び機械的試料調製 |
3 - 1 | スクリーニング-蛍光X 線分光法による鉛,水銀,カドミウム,総クロム及び総臭素 |
3 - 2 | スクリーニング-燃焼による高分子材料及び電子装置中の総臭素-イオンクロマトグラフィ |
4 | CV-AAS,CV-AFS,ICP-OES 及びICP-MS による高分子材料,金属及び電子装置中の水銀 |
5 | AAS,AFS,ICP-OES 及びICP-MS による高分子材料及び電子装置中のカドミウム,鉛及びクロム並びに金属中のカドミウム及び鉛 |
6 | ガスクロマトグラフィ- 質量分析(GC-MS)による高分子材料中のポリ臭化ビフェニル及びポリ臭化ジフェニルエーテル |
7 - 1 | 六価クロム-比色法による金属の無色又は着色防食被膜中の六価クロム(Cr(VI))の存在 |
7 - 2 | 六価クロム-比色法によるポリマー及び電子機器中の六価クロム(Cr(VI))の定量 |
8 | 熱分解装置/ 加熱脱着装置(Py-TD-GC-MS)を使用するガスクロマトグラフィー質量分析法(GC-MS),ガスクロマトグラフィー質量分析法によるポリマー中のフタル酸エステル |
表1 IEC62321- 1~ 8 Ed.1.0 の構成
一般財団法人 日本規格協会のWeb (https://www.jsa.or.jp/) から引用
2.分析法
現在、RoHS 指令で規制されているPb、Hg、 Cd、Cr 6+と臭素系難燃剤(PBB、PBDE)のスクリーニングには蛍光X 線分析装置が用いられる。
蛍光X 線は規制物質の元素を選択的にかつ高感度で検出することができるため、電気電子製品に含有するこれらの物質をスクリーニングするのに最適な分析装置である。しかし、フタル酸エステルは水素・炭素・酸素から構成されているた め蛍光X 線を適用することができない。しかも、ポリマーにはその他の添加剤が含有することが多く、規制対象のフタル酸エステルを選択的に検出する必要がある。そのために赤外分光法やガスクロマトグラフ、質量分析法、液体クロマトグラフ質量分析法、ガスクロマトグラフィー質量分析法(GC/MS)で測定される。その中でも、GC/MS は選択性と感度に優れているためにフタル酸エステル類の分析規格や公定法に採用されている。またIEC は2017 年3月にGC/MS による分析規格IEC62321-8:Phthalates in polymers by gas chromatography-mass spectrometry (GC/MS), gas chromatography-mass spectrometry using a pyrolyzer/thermal desorption accessory (Py/TD-GC/MS)を発行した。
以下、この規格に準拠したフタル酸エステル類の分析手順について述べる。
2-1. IEC62321-8
IEC62321-8 において分析対象となるフタル酸エステルはRoHS 指令で新たに規制される4種類のフタル酸エステルに加え、di-n-octyl phthalate(DNOP)、di-isononyl phthalate(DINP)、及びdi-iso-decyl phthalate(DIDP) の3成分を含む7種類のフタル酸エステルである。この規格のスクリーニング法には熱分解法(Py -GC/MS)が、検証法にはソックスレー抽出-GC/MS 法または再沈殿-GC/MS 法が採用されている。
スクリーニング法と検証法の使い分けは各事業者に委ねられているが、その実例がIEC 62321-8 Annex N に記載されている。この例では、まず、検査にスクリーニング法と検証法のどちらを採用するのかを決定する。スクリーニング法を採用した場合、その定量値をもとに含有、非含有または検証法による再分析が必要かを判定する。また、判定の閾値としては定量値が最大許容濃度の0.5 倍、すなわち500 ppm なら非含有、最大許容濃度の1.5 倍、すなわち1,500 ppm なら含有と判定する。一方、その間の濃度500 ~ 1,500 ppm の場合は検証法で再検査する。
2-2. Py-GC/MS によるスクリーニング法
2-2-1. Py-GC/MS 法
IEC62321-8 で採用されたPy-GC/MS は図1に示すようにポリマーが入ったサンプルカップを高温に保った加熱炉に落下させ、ポリマーを加熱し、気化したフタル酸エステル類をGC/MS で分析する方法である。この時、炉の温度をポリマーの分解温度より低い温度に設定することで、分解を抑えながら、フタル酸エステルを選択的に気化させ、GC/MS に導入することができる。
図1 Py-GC-MS の模式図
分析試料はカッターやヤスリでポリマーを削りとり、約0.5 mg をPy のサンプルカップに加え、電子天秤でサンプルを0.01 mg 単位まで秤量する。その後、サンプルが飛散しないように、グラスウールで軽く覆う。その後、サンプルカップをPy-GC/MS の装置にセットして分析する。また、定量は、分析対象成分をポリマーに練り込んだ標準物質を分析して得られた検量線をもとに半定量分析する。
2-2-2.測定結果
電気・電子製品の100 個の部品をRoHS 指令で規制される4 種フタル酸エステル類を対象としてPy- GC/MS でスクリーニング検査した。1つの部品は複数のポリマー材料から構成され、平均すると1部品から約4種類のポリマーがサンプルとして採取された。それらのサンプルを測定した結果を表2に示す。500 ppm を超えて検出される頻度が高いのはDEHP で、電線被覆とO -リングなどのゴムから検出された。また、DEHPほど検出される頻度は高くないがDBP が主に接着剤から500 ppm を超えて検出された。
( )内の数字は検出数の内DBP が検出された数。それ以外はDEHP。
材質 | サンプル数 | 濃度(ppm) | 検出率 | ||
---|---|---|---|---|---|
100-500 | 500-1500 | 1500<= | |||
電線 | 151 | 49(6) | 21 | 8 | 51.7% |
ゴム | 54 | 6(2) | 3 | 10 | 35.2% |
接着剤 | 62 | 4(1) | 2(2) | 9.7% | |
スポンジ | 24 | 2(1) | 8.3% | ||
フィルム | 13 | 0.0% | |||
袋 | 11 | 0.0% | |||
電子部品のパッケージ | 101 | 1(1) | 1 | 2.0% | |
基盤 | 7 | 0.0% | |||
包装材 | 3 | 0.0% | |||
その他 | 155 | 5(1) | 2 | 4.5% |
表2 Py-GC/MS による検査結果
2-3. 検証法
2-3-1. ソックスレー抽出法- GC/MS 法
検証法にはソックスレー抽出- GC/MS 法と再沈殿- GC/MS 法が採用されている。いずれの方法でも試料は凍結粉砕機などにより粉末状にする。 ソックスレー抽出法はポリマーから臭素系難燃剤やフタル酸エステル類などの添加剤を抽出する一般的な方法である。抽出溶媒が入った最下部のフラスコを加熱し、蒸発した抽出溶媒を最上部の冷却管で冷却して凝縮した溶媒を、粉砕したポリマーを入れた円筒ろ紙に滴下する。ポリマーから抽出溶媒に添加剤が溶出し、円筒ろ紙を浸す溶媒 量が一定量になるとフラスコへと戻る。添加剤は抽出溶媒より沸点が高いので、フラスコの抽出溶媒に溶け込んだ添加剤は加熱しても蒸発しにくいため、このサイクルを繰り返すことによってフラスコ内の抽出溶媒に添加剤が濃縮・抽出される。その抽出溶液をGC/MS で測定する。IEC62321-8によるソックスレー抽出- GC/MS 法を用いたフタル酸エステル類の分析フローを図2に示す。この方法は、検証法として優れているが、ソックスレー抽出に洗浄も含めると8時間以上要する。
2-3-2. 再沈殿-GC/MS 法
再沈殿-GC/MS 法はポリマーを有機溶媒に完全溶解した後、貧溶媒を添加してポリマーを選択的に析出させ、得られた上澄みに溶解しているフタル酸エステル類をGC/MS で測定する方法である。この方法はポリマーが溶媒に溶解する必要がある。IEC62321-8 による再沈殿-GC/MS 法を用いたフタル酸エステル類の分析フローを図2に示す。
図2 ソックスレー抽出法(左)と再沈法(右)によるフタル酸エステル類の分析フロー
3.おわりに
REACH のSVHC には、4種のフタル酸エステルも含め17 種のフタル酸エステルがリストされており、規制対象のフタル酸エステルがさらに増える可能性がある。また、欧州REACH 規則の使用制限物質に4種類のフタル酸エステルを追加する旨のTBT 通報が出た。
RoHS 指令においても、7物質(①三酸化アンチモン ②テトラブロモビスフェノール ③リン化インジウム ④中鎖塩素化パラフィン ⑤ベリリウムとその化合物 ⑥硫酸ニッケルとスルファミン酸ニッケル ⑦二塩化コバルトと硫酸コバルト) が制限の可能性のある物質としてアセスメントされている。
このような状況から分析機器による検査のニーズが今後さらに高まると考えられる。これらの分析はサンプル数が多いため、簡便・迅速な検査法が求められる。そのため、今回述べたようにスクリーニング法と検証法を組み合わせた方法が採用される。スクリーニング法は、有害物質含有を見逃すことは当然許されないが、逆に非含有を誤って含有と判定するケースが多くなると、手間と時間を要する検証法での分析サンプル数を増やしてしまうことになる。この点が機器分析へのあらたな課題であり、これを解決するスクリーニング法が望まれている。
<参考文献>
[1] COMMISSION DELEGATED DIRECTIVE (EU) 2015/863 of 31 March 2015 amending Annex II to Directive 2011/65/EU of the European Parliament and of the Council as regards the list of restricted substances
[2] IEC62321-8: Phthalates in polymers by gas chromatography-mass spectrometry (GC/MS), gas chromatography-mass spectrometry using a pyrolyzer/thermal desorption accessory( Py/TD-GC/MS) 一般財団法人 日本規格協会から有償で入手可能; https://www.jsa.or.jp/store/iec.htm
[3] F. Maruyama, S. Fujimaki, Y. Sakamoto, Y. Kudo, and H.Miyagawa, Anal. Sci., 2015, 31, 3.
[4]“製品含有化学物質のリスク管理、情報伝達の効率化"、2017 年、技術情報協会
環境委員会 副委員長 中川勝博
(株式会社 島津製作所)
2018年7月27日 公開