分析機器情報

⾹粧品開発における機器分析

香粧品とは化粧品・香料などの総称であり、身体を清潔に保ち美しく装う必需品として文明の創始期から使われています1。現在では薬機法上の「化粧品」および「医薬部外品」として定義されています2。おそらく香粧品をお使いの多くの方が意識していないと思いますが、香粧品の開発には機器分析が極めて重要な役割を担っています3。本稿では、機器分析が香粧品開発にどう役立っているかについて、香粧品メーカーの分析担当者の視点から紹介いたします。

1. 香粧品開発における機器分析法-概観-

香粧品開発には実に多種多様な機器分析が用いられています。しかも新技術や分析法の進化とともにその重要性が高まり続けています。現代の研究開発型の香粧品メーカーはさまざまな分析機器を駆使しなければ競争力のある製品を開発できない、と言っても過言ではありません。ではなぜさまざまな機器分析が必要なのでしょうか? この問いへの答えを香粧品の開発に必要な要素から考えてみましょう。

図1に示すとおり、香粧品の開発に不可欠な要素は ①製品の品質・安全性、②使い心地や香りなどの感性・官能性、③シミ・シワを目立たなくするなどの機能性・有効性、④製品の魅力を伝える製品情報・規制対応、の4つに大別されます。

図1香粧品開発における機器分析の役割
図1香粧品開発における機器分析の役割

4要素のうち最も重要なのは ①品質・安全性です。香粧品は化学物質の混合物であり、人体に一定期間接した状態で使われるため、品質・安全性の確保が最優先となります。用いられる主な機器分析法については次項で概説します。ちなみにクリームなどの香粧品と外用医薬品は使用形態が似ていますが、開発の前提となる考え方が大きく異なります。 医薬品は健康な状態に戻すことが目的であるため、薬効が顕著であることが前提となります。ただし薬効と副作用は表裏一体のため、専門家である医師の監督下で用法用量・適用期間を厳密に守って用います。一方、化粧品・医薬部外品などの香粧品では、製造者が標準的な使用法や禁忌事項を明示しますが、使用者が用法用量・使用期間を決めることが許容されています。この違いは、薬機法上の香粧品の使途が「身体を清潔に保ち美しく装うもの」であり、かつ「人体に対する作用が緩和であること」と規定される2 ことで実質的に担保されています。すなわち香粧品は、「使い方に依らず人体に無害でかつ身体を清潔に保ち美しく装うもの」として開発される必要があるわけです。

②感性・官能性,③機能性・有効性、そして④製品情報の3つの要素は、嗜好品でもある香粧品の開発に特有の検討項目です。これらは、美への根源的な欲求に応える製品としての魅力を付与し、かつ公的に認められた緩和な効果を実感いただく上で不可欠な要素です。これらの評価検討に機器分析が大活躍しています。一方、外用医薬品の開発とは似て非なる難しさがあり、必然的に機器分析に求められる機能、幅・深さが異なります。 次章では、香粧品開発の4 要素に用いられる主な機器分析法を詳しくみてみましょう。

2.香粧品開発における機器分析法-各論-

①品質・安全性の検証における機器分析の主な役割は,製品中に含まれる成分の安定性確認,原料の純度・不純物評価、アレルギー性物質の確認です。多くの場合、混合物中の微量成分を迅速、高感度かつ正確に定量する必要があるため、分離手段であるクロマトグラフィーと特異性の高い質量分析計(MS)を検出器として組み合わせたGC/MS、LC/MS などが第一選択となります。 正確性が求められる場合はUV 検出器を備えたHPLC を用いることもあります。物質の同定を行う場合は、精製・単離後、NMR、IR やXRD(単結晶X 線回折)など、分子構造情報と試料の全体像がわかる手法を併用します。  

②感性・官能性評価は、使い心地に優れ感性に訴える製品を開発するために行います。例えば、製剤の乳化状態や塗布膜の解析、香気成分の分析などを、ヒトの感覚評価と併用して行います。乳化粒子の大きさや分布は使用感や安定性に直結するため、DLS(動的光散乱法)や顕微鏡観察などで計測します。皮膚適用時の滑らかさに関わる融解温度などの熱特性はDSC(示差走査熱量測定法)、バルク製剤の粘弾性は粘度計など、目的に適した分析機器で計測し処方を最適化します。香りはヒトの知覚に直接作用し香粧品の魅力を増す重要な因子です。一方でヒトの嗅覚に優る機器分析法がないため、匂いのヒト官能評価とGC/MSなどの機器分析データを組み合わせて解析します。

③機能性・有効性の評価では、皮膚最外層である角層への成分浸透度評価、角層水分量の計測などの皮膚解析、析出物同定などの製造トラブル解析などを行います。手法としてはHPLC、GC/MS やLC/MS(浸透度評価)、NIR(水分量評価)、顕微IR・ラマン(製造トラブル解析)などが用いられます。

④製品情報の取得目的は製品の機能や優位性の訴求です。③機能性・有効性評価で得たデータに加え、グラフ化した数値データを用いる場合もありますが、顕微鏡像や分子イメージング法で得たビジュアルデータが重用されます。ビジュアルデータとは目的成分の空間分布と量をヒートマップなどで表したもので、直感的に差を示すのに有用です。例えば、薬剤の角層浸透度のビジュアルデータは、粘着性テープで層状に採取した角層の数mm ~ cm 角の領域をDESI-MSI(脱離エレクトロスプレーイオン化質量分析イメージング法)測定することで得られます3 - 4。内因性のアミノ酸も含め、複数成分の面分布を一度の測定で得られる優れた方法です。ビジュアルデータを取得可能な機器分析法は増えてきており、測定対象分子の特性に合わせて手法を選択します。例えば日焼け止めクリーム中の紫外線吸収剤の面分布データは、疑似皮膚基板に塗布した試料のFT-IR またはラマンマッピング測定が適しています。ビジュアルデータ取得の流れはおおむね共通で、平面状の試料の各点から数μmピクセルごとにデータを取得し、得られた四次元データ(XY座標、スペクトルのエネルギー値とシグナル強度)から目的成分の位置と量の像を再構成します。

分子イメージング法は皮膚科学分野でも繁用されています(蛍光顕微鏡や多光子顕微鏡を用いた組織中分子の三次元分布解析など)。これらの先端機器分析法は、健康な皮膚の形成機序の解析や老化現象の理解などの基礎研究にも使われており、皮膚科学に立脚した製品の開発に大きく貢献しています。

香粧品開発に多種多様な機器分析法が必要な理由を、試料の化学的性質の観点からも考えてみましょう。図2に香粧品開発における主な分析試料と代表的な機器分析法をまとめました。

図2 化粧品開発における主な分析試料と機器分析法)
図2 化粧品開発における主な分析試料と機器分析法
     

香粧品開発の分析試料は製剤・原料と皮膚組織などの生体試料です。図2から明らかなように、固・液・気体すべてとその混合物を分析する必要があります。なお、香粧品の物性は、用途と適用部位・機能により決まります。肌を整えるクリーム・乳液・化粧水は液体、日焼け止めの多くは微粉末入りの液体、ファンデーション・口紅などのメーク製品は固体または半固形液体、髪を整えるヘアワックスは固体、そしてヘアスプレーは気体(実際には液体のミスト)です。これらの物性は、骨格となる基剤の配合比で制御されています。

生体試料の物性も多様で、皮膚、毛髪などは固体、皮脂や角層などは(半)固形、汗や体臭などは液体・気体です。しかも多くの試料が複雑な混合物であるため、クロマトグラフィーなどの分離手段との併用が不可欠です。最近では多次元分離分析法による脂質やタンパク質の網羅解析も行われています。このように、あらゆる性状の複雑な混合物をさまざまな目的で分析する必要がある-これが香粧品開発に多様な機器分析法が必要な理由です。  

なお、図2の機器分析法は分析部門主管のもの(一部)です。表面張力計やDNA シーケンサー、大学と共同開発した独自の皮膚計測機など、他部門が主管する分析機器も活躍しています。設備投資の考え方や規模は各社各様ですが、フルラインの機器分析法を自社で揃えるメリットが大きい業界であることは確かです。一方、維持・管理コストや分析担当者の人件費を含めた総投資額の大きさから、常にアウトソーシング化の話がついて回ります。迅速・柔軟な対応など,実質的な貢献度を考えるとよい投資と断言できるので,分析担当者も技量を磨き、成果をきちんと発信することが大切と考えられます。

3. 課題と今後の展望

各機器分析法に固有の課題はすでに把握されていると思いますので、ここではユーザー目線での課題と展望を述べたいと思います。

分析機器のヘビーユーザー兼管理者の一人として最も改善を期待する課題は、基本コマンドの統一です。PC 操作に限った話ではありませんが、例えばクロマトグラムや画像の拡大・縮小のようなごく基本的なコマンドさえメーカー間でまちまちです。些細なことですが、操作法の習得が心理的なハードルとなり分析機器の利用頻度が下がることがよくあります。競合企業が歩調を合わせる難しさなどから完全さは求めませんが、業界団体発の基準またはガイドラインがあるとよいように思います。労力はかかりますが、中長期的にはメーカー・ユーザー双方の利益になるのではないでしょうか?

データ解析についても同様で、マルチベンダー対応の解析ソフトの普及が望まれます。すでに市販品がありますが、別途費用が必要なことに加え,装置付属の解析ソフトと重複して操作法を覚えなくてはならない点がハードルとなっています。 データの多次元化・階層化が進み、互換フォーマット化が難しい時代かとは思いますが、ご一考いただければ幸いです。その他にも、自動化、汎用化、ネットワーク化等々、課題は尽きないかと思いますが、業界を挙げての進化を大いに期待しています。

最後に、香粧品業界が望む(と思われる)技術領域を紹介します。図3に示すとおり、①リアルタイム計測、②非侵襲の皮膚内部解析、③ウェラブル計測、です。いずれもヒトの計測を行うもので、パーソナライズド化粧品の実現に有用と考えられます。各領域に(1)リサーチ用のハイスペック機、(2)店頭肌計測用の中・小型機、(3)販売用の小型デバイスがあるとベストです。この10年で香粧品・皮膚組織の分析技術は格段に進化しました。一方でヒトに適用した状態での評価は未発達です。未来の分析機器を開発する際の参考にしていただけると幸いです。

図3 発展が期待される技術領域
図3 発展が期待される技術領域