環境浄化技術(水処理、水質評価)
1.はじめに
私たちの生活やそれを取り巻くさまざまな産業を見回してみると、至るところで水が関与しており、水の果たしている役割の大きさをあらためて感じる。
私たちの環境とその中での水の大きな動きを俯瞰してみると、工場等からの排水を処理する下水処理場から家庭での飲料など生活水を造水するための浄水場に至るまで多種多様な水処理の現場があり、それらの水処理プロセスや水輸送には数多くの装置が稼働している。特に処理する前の水質を把握し、その情報を処理工程にフィードバックして、最終的に処理された水の水質を確認するという基本的な水管理パターンの中で、装置の稼働状況を監視するためのセンサーや水の品質を見張るためのさまざまな水質計測機器が活躍している。例えば、工場での排水処理を取り上げてみるだけでも、世の中には多種多様な排水が出てくる工場が存在し、測定すべき水質の項目もそれぞれ異なる。また、世界規模での昨今の水の状況を見ると、水不足、人口増加、規制強化等により求められる水への要求も変化している。各処理場そのものにも、老朽化対策、無収水削減、運用コスト削減などの課題が存在し、これらの解決に貢献する水計測技術への期待は大きい。
持続可能な開発目標(SDGs)の目標6における、水問題のターゲットである安全で安価な飲料水へのアクセスや水不足対処の視点からも、水の計測の必要性が高いことは論を待たない。各場所各様に適切な項目を適切な時間分解能で水に関わるあらゆるデータを取得していくことが肝要である。 特に水が不足している地域では、飲料水や農業用水等の確保のために海水淡水化やDPR(DirectPortable Reuse:直接的飲用利用)といった新しい技術開発が進められているが、このような場所でもその場に適した水質評価技術の導入が必要になる。
機器分析による水質計測の目的は、水処理の効率化や処理コスト削減だけでなく、工場排水や飲料水などの水質規制の遵守にある。効率の向上については、処理プロセスからネットワーク管理に至る水処理プロセス全体の中からプロセス管理者は最適化する部分を探し、エネルギー使用量、化学物質消費量、漏洩量の削減などの効率化を図る。効率を向上させるためには、水質データだけでなく、気象データや地質データ、場合によっては顧客データまでも導引して総合的に効率化を図るケースもある。また、漏水監視や自動制御などを通して、無収水、エネルギー消費、化学物質の使用量、人件費といった多くの項目の削減からコスト削減を実現し、結果として多くのエンドユーザーが経済的利益を享受する。さらに、飲料水や工場排水の厳格な水質基準の設定など規制強化により、水分野全体での計測技術普及が促進され、水のエンドユーザーに提供されるサービスが向上する。
2. 分析法
水処理システムの基本となるハードウエアであるポンプやバルブの動作やその稼働状況を把握するために、水の温度や流速、圧力などをモニターする。さらに水処理システムの多くは処理のための化学物質の供給システムもあり、その動作や状況を検査し制御するための計測技術も必要である。
ここでは求められる水の測定項目を上水と下水の処理場で分けて説明することはあえて避けるが、一般に水の測定対象として求められる項目を列挙すると例えば、懸濁固形物、溶解固形物、残留農薬、pH、酸化還元電位(ORP:Oxidation-Reduction Potential)、電気伝導度、総有機炭素(TOC:Total Organic Carbon)、溶存酸素、遊離塩素、微生物、ウイルスなどが挙げられる。これらの計測装置から得られるデータは水処理の自動化や制御のために用いるため、それ用に加工されている必要がある。
上述した水の測定項目の計測技術は大きく2種類に分類できる。一つは実験室での計測手法で、もう一つはオンラインセンサーを用いたリアルタ イム計測である。水処理のオペレータや水のエンドユーザーが即座に問題を把握できる点から、実験室での計測手法はオンライン計測への移行が期 待されているが、実際には全ての実験室での計測手法をオンライン計測へチェンジすることは現時点で不可能である。水分野における制御および監 視ソリューションの2016 年の世界市場は2兆円を超えていると言われており、今後もオンライン計測技術への需要が増加するのは間違いない。
2−1. 実験室での装置
複合水質汚染の評価のほとんどは、実験室に設置した分析機器と適切な前処理により達成されている。無機イオンはイオンクロマトグラフ法、金属は誘導結合プラズマ−質量分析法、農薬等の有機物はガスクロマトグラフ−質量分析法、高速液体クロマトグラフ法、および液体クロマトグラフ−質量分析法により、分離分析が行われている。近年、PPCPs(Pharmaceuticals and Personal Care Products)と呼ばれる医薬品および日用品等由来化学物質による環境水の汚染が問題となっている。PPCPs は環境での分解物や水処理プロセスでの分解生成物に至るまで広く追跡する必要が出てきているが、これらの計測にも上記クロマトグラフ−質量分析の基本技術が用いられている。測定対象の種類にもよるが、技術的に高度な前処理技術や分析に一定の時間が求められる場合が多い。
また、細菌などの汚染状態を把握するための試験は培地を使った培養法による検査を行う場合が多く、実験室に水を持ち帰って行うことになる。 その場合、細菌種を同定する際には、種々の計測機器が活用されていることもある。
2-2. オンライン
水処理の現場ではポンプやバルブが基本構成されている場合が多く、何よりこれらポンプやバルブをスマートに制御することが求められる。そのために流量、圧力、温度センサーなどが活躍している。これらを利用した先進的な水監視とプロセス制御により従来の水処理の消費エネルギーを50%節約することに成功しているケースもある。 これら複数のセンサーを一つのデバイスにパッケージングするニーズも高まっており、その利活用は今後も種々の水分野に拡大すると考えられる。
遊離塩素、pH、ORP などの水質センサーも同様に一つのデバイスに一体化してほしいという要望がある。
現在、懸濁固形物、溶解固形物、pH、ORP、電気伝導度、TOC、溶存酸素、遊離塩素など、多くの項目がオンラインあるいはリアルタイムに近い頻度で現場測定できるようになっており、エンドユーザーが問題を迅速に認識して対応することが可能になっている。細菌汚染を監視するためのオンラインセンサーは広く求められているが、現状でそれに十分応えられる計測装置はない。
2-3.産業界の動向と将来の計測
工業用水分野の水管理における水質計測へのニーズは多様である。例えばマイクロエレクトロニクスのような産業分野では先進的な水管理システムを導入しているケースが多く、一方で食品や飲料の分野は他の分野に比べて遅れる傾向にある。世界で進められている工業用水分野で注目される水計測とその周辺技術動向を以下にまとめる。
石油やガス産業における水管理および監視システムは規模が大きく、その中でも流量測定装置が主体となるが、課題として水中の油分を正確に測定するためのセンサー技術の開発に期待が高まっている。この業界では、水の使用、処理、廃棄などのプロセスで効率を向上させるためにビッグデータと高度な分析ソリューションを検討している。石油精製・石油化学の分野では、特にアジア太平洋地域で精製能力が拡大するにつれ、水管理および監視システムへの関心が高まっており、pH などのセンサーの測定精度の向上とコスト削減の両方が最優先事項となっている。特にこの業界では工場内へのリモートモニタリングシステムの設置が強化され、プロセスデータベースの統合プラットフォームへの統合を重視するようになってきている。発電業界はますます効率的でかつ持続可能な発電の必要性が謳われており、エネルギーと化学物質の消費量を削減することが求められているため、各種センサーの需要は大きい。鉱業業界での水の利用可能性に関して直面している課題は、水資源が乏しく海水淡水化や水の再利用が促進されている地域での効率的水処理となる。
国際的な環境規制が厳しさを増す中、流量計や特定金属を検出できるセンサーなど、リアルタイムで監視する機器の利用が増え始めている。マイクロエレクトロニクス産業は水管理と監視において最も先進的な分野の一つで、厳しい水質要件が求められるのが特徴である。半導体業界が10 nm未満の線幅に向かっている中で、より小さなサイズのナノスケール粒子をモニターするための計測機器の開発競争がなされている。食品および飲料製造業者にとっては適切な水管理が製品の品質を維持するために最も重要となるため、水管理および監視システムは他の業界に比べてより重要である。現在は実験室での長い時間を要する細菌検査については、インラインモニタリング化が強く期待されているが、まだ技術的に難しい状況である。特に殺菌が製造プロセスの主体となるこの分野においては、細菌の生死判別機能を持ち合わせた細菌モニタリングシステムの開発が必要である。医薬品業界は水質管理の自動化は進んでいるが、細菌検査についての技術的課題については同じ状況にある。
近年では、経済的な利点だけでなく環境へも配慮した水の管理方法として、工場で使った水を工場内で再利用するだけでなく廃水すらしないゼロ排水(ZLD:Zero Liquid Discharge)といった動きが活発になっている。こうした水処理現場の変化に対応した新たな仕様の水質計測用センサーも必要になってくる。
2-4.拡大する水計測ニーズとスマート化
人間活動の多様化や生産活動の高度化等に伴い、水質汚染は国際的に共通の課題になってきた。 例えばPPCPs やマイクロプラスチックなどは新たな汚染物質としての懸念が高まりつつある。マイクロプラスチック(5mm 以下の粒子)は、海洋汚染だけでなく河川や湖沼の汚染も確認されており、プラスチックが環境中で有害化学物質の運び屋になっている点も心配されている。マイクロプラスチックは、家庭排水として下水処理場へ運ばれそのほとんどが除去されるが、雨水と合流式の下水処理場では雨水とともに環境中に放流される。現在、環境水中のマイクロプラスチックの的確な計測方法が存在しないため、定量的な実態把握ができておらず、またマイクロプラスチックの生物への影響については特にわかっていない部分も多い。マイクロプラスチックは従来の計測技術だけではカバーしきれず今後の大きな課題となっているが、粒子センサーと他の技術の融合で新たな計測手法が生まれてくることに期待したい。
一方、世界各地で生じている水不足、人口増加、気候変動などの影響や、水質規制の厳格化が進められる中、現場では水処理プロセスの効率の最適化が図られている。日本で漏水探知技術開発やアジア諸国で無収水削減プログラムが進められている中、漏水管理や無収水削減は特に世界中で関心の高いテーマになっている。特に漏水管理は、世界各地で処理施設の老朽化が進んでいるためニーズも高まっており、計測技術とビッグデータを活用したAI 技術の連携は今後ますます重要なテーマになっている。この分野の課題解決では、よりスマートな計測技術とより高度なデータ管理および分析ソフトウェアの導入が他に分野に比べて進んでいる。
こうした流れに関連して、ネットワークや処理プロセスに関するより多くのデータを取得するためのセンサー情報だけでなく、従来さほど連携の必要がなかった水エンドユーザーの情報や、天気や地質学的情報などの外部データの統合が促進されている例もある。例えば、前述の合流式下水道の区域では、合流式下水道越流(CSO:Combined Sewer Overflow)による環境水汚染の事故防止のためにCSO 管理が大きな課題となっている。水計測データを含む廃水情報のネットワークデータを天気予報情報、地質学的データ、地形的情報と統合し、CSO が発生する可能性があるとき、発生する可能性がある場所や時間を予測可能にする。スマートな水管理システムによるソリューションの例を示したが、従来の枠を超えた情報融合等によるスマート化は、他の水の場面でも効率、時間、コスト、および労力の面で多くの恩恵が得られると期待される。
3. おわりに
近年新たに生じている環境の水質問題の多くは人間の生活域から出される物質による複合汚染であり、こうした汚染の評価に応えるためには実験室での分離に基礎を置く機器分析に頼る部分が大きい。一方で、テロ攻撃や突発的な事故による水質汚染への対応を例に考えてみると、すべての複合汚染物を個別に分離定量することは、それに要する分析時間や可能な分析頻度から限界があると言わざるを得ない。こうした問題への解決としてより多くのオンラインモニター技術の開発、さらには生物応答能力と分析機器の高度な融合によるリアルタイム(に近い)水の危険度評価の新技術開発にも期待したい。
いずれの新技術もオンライン計測の適用範囲を広げて行く方向である。このリアルタイム監視の時間的・空間的拡大が、ビッグデータ分析やそれを利用した高度な水制御システムの構築に繋がっていくと考えられる。水分野は他の分野に比べてデータが豊富で情報が少ないと言われているが、時間的にも精度的にもより質の高い水情報を用いることができるようになれば、AI 等も含めたよりよい考察から最適な水管理の意志決定が促進される。また、水の問題の発生を予知して問題発生を未然に防ぐ技術に発展することになろう。さらには、これらの新技術によって得られるデータの蓄積は、より長期的な将来の水処理プロセスの設計にも広がり、水の管理方法や水関連事業のやり方に革命を生み出す可能性も期待している。