誘導結合プラズマ(ICP)発光分光分析装置の原理と応用
1.はじめに
ICP とはInductively Coupled Plasma の略で、誘導結合プラズマなどと訳される。様々な気体でICP を生成することができるが、アルゴンガスのICP を光源とする発光分析法がICP 発光分光分析法(以下、ICP-AES)である。ICP-AES が市販されて40 年あまりになり、溶液の元素分析には欠かせない分析法となっている。多くの固体も溶液化して分析が可能であり、近年では固体にレーザーを照射して蒸発させて分析する方法や気体を直接分析する方法も実用化されつつある。
2.ICP-AES の原理
2.1 発光分光分析の原理
試料に外部から何らかのエネルギーを与えると、試料に含まれる元素は元素固有の波長の光を放出する。光を発生させるには、試料を気化して原子状態にすること(気化と原子化)と、高速の粒子を作って非弾性衝突を行わせること(励起)が必要である。これらの過程は通常ほとんど同時に行われている。原子は原子核とそれを取り巻いてそれぞれ固有の軌道で運動している電子(軌道電子)とから成っている。この原子になんらかの方法で外部からエネルギーを与えると、軌道電子がそのエネルギーを吸収し、定常状態から高いエネルギー準位(E2)の軌道に移る。しかし、この電子は高いエネルギー準位の軌道に留まることはできず、10-7 ~ 10-8 秒程度の短い時問に、より低いエネルギー準位(E1)の軌道に移る。このとき、電子はこのエネルギーの差Δ E を光(スペクトル線)として放射する。スペクトル線の振動数をνとするとΔ E は次の式で表わされる。
ΔE = E2 -E1 = hν
h :プランクの定数
放出された光の波長と量を測定して、試料中の元素の定性・定量分析を行う。(図1)
図1 原子スペクトルの発生
この気化・原子化・励起を行う部分を光源と呼び、ICP の他に化学燃焼や電気的放電が用いられる。
2.2 ICP-AES の特長と構成
発光分光分析の光源としてICP の優れている点を列記する。
- 溶液試料が対象のため、検量線作成用試料の作成が容易であり、分析精度も高い。
- 多くの元素に対してppb(μg/L)前後の検出下限を有する。
- プラズマが高温(約10,000K)であること、ドーナツ状の穴に試科が入り、その滞留時問が比較的長いことから、化学的干渉(後述)がほとんどない。
- 自己吸収が少なく、検量線の直線範囲が5~6桁にもおよぶ。
- 同一条件で多くの元素を励起でき、主成分元素、中成分元素、微量成分元素までの多くの元素を同時定量することができる。
図2 ICP 発光分光分析装置の構成
図2にICP-AES の構成を簡単なブロック図で示す。大別すると光源部、分光部、測光部の3つに分けられる。
2.3 光源部
試料中の元素を励起して、光を放出させる部分である。
2.3.1 プラズマの生成
プラズマトーチの周囲に巻き付けた高周波誘導コイルに、27.12MHz(もしくは40.68MHz)の高周波電流を流すと、コイルのまわりに磁力線が形成され、プラズマトーチ内に高周波磁界ができる。電磁誘導によって、この高周波磁界の時間変化に比例した電界が発生する。あらかじめ、プラズマトーチにアルゴンガスを流した状態で、テスラーコイルで放電すると、この放電により生成した電子やアルゴンイオンは、この電界によって加速され、高速で電界内を移動する。この高速電子は、アルゴンガスと衝突を繰り返し、その一部を電離する。ここで、単位時間当りの電子の発生量が消失量よりも多くなると電子密度が急激に増加し、プラズマトーチの開放端で瞬時にプラズマが発生する。プラズマが発生すると、電子はイオンに引き付けられ、再結合反応が進行する。
一方、アルゴンガスは一定速度で高周波磁界の領域を通過し、電子やイオンは消失していく。これにより、アルゴンガスの電離による電子やイオンの生成と消滅がつりあった状態(平衡状態)でプラズマが維持される。安定運転時のコイルには、0.6 ~ 1.4 kW 程度の電力が流され、プラズマの温度は約10,000 K にも到達する。(図3)
図3 プラズマトーチとプラズマの生成
2.3.2 プラズマトーチの形状とその役割
プラズマトーチは石英の三重管構造になっていて、外側からそれぞれプラズマガス(冷却ガス)、補助ガスおよびキャリアガスを流す。プラズマガスは、アルゴンガスを10 ~ 20L/min 流す。 補助ガスは0 ~ 5L/min のアルゴンガスを流すが、このガスの主な役割はプラズマをわずかに浮かせて中間の石英管を保護するためで、試料によっては流さないこともある。キャリアガスは霧化した試料溶液の霧をプラズマの中心部に導入するためのもので、1L/min 前後流す。このガスの流量は試料導入量に直接関係するだけでなく、多過ぎるとプラズマを過度に冷却し、試科のプラズマ中での滞留時間を小さくして感度を低下させるので、厳密な調整と安定性が必要である。
2.3.3 試料導入系
一般に、ICP-AES の対象試料は溶液である。図4は試料導入系の一例である。キャリアガスはネブライザで試料を細かな霧状にする機能も有している。
図4 試料導入系の一例
2.4 分光部
発光分光分析に使用する分光器は、多数の原子スペクトル線を分離しなければならないので、できるだけ分解能の優れたものが必要である。
シーケンシャル形のモノクロメータでは、ツェルニ・ターナー型と呼ばれる分光器が用いられている(図5)。この分光器では、回折格子の角度とスリットの移動により、波長の走査を行う。エシェル型と呼ばれる分光器では、回折格子とプリズムなどを用いて平面上にスペクトルが得られる。面状の半導体検出器(CCD、CID など)を使用することにより、複数のスペクトルを同時に収集することができるため、多元素同時分析が可能である。(図6)
図5 平面回折格子を用いた分光器例(ツェルニ・タ-ナ-型)
図6 平面回折格子を用いた分光器例(エシェル型)
2.5 測光部
得られたスペクトル線の強度を、電気的な信号に変換する部分である。光電子増倍管やCCD で光を電流に変換して出力し、測定する。
2.6 定量分析
発光分析法は相対分析法のため、含有率が既知の試料(検量線試料)と強度を比較して、未知試料の含有率を算出する。通常は、複数の検量線試料により、検量線を作成する。
3.分析例
土壌分析の一例を紹介する。測定された試料は、NIST(National Institute of Standards and Technology(米国)標準技術局)が頒布している標準物質(Standard Reference Materials)である。SRM2710 はMontana Soil I (Highly levated Trace Element Concentrations)、SRM2711 はMontana Soil II (Moderately Elevated Trace Element Concentrations)である。ICP-AES では試料を溶液化して測定するが、土壌ではほとんどの元素が酸化物で存在しており、開放系での酸分解では分解が困難な元素が多い。
この例では、密閉圧力容器とマイクロウェーブ加熱装置を使用する分解方法とアルカリを使用する溶融法を使用した。また、図7はCu とCr のスペクトル線プロファイルを示したものである。
図7 土壌分析におけるスペクトル線の一例
- JIS K0116 発光分光分析通則
- 現場で役立つ環境分析の基礎―水と土壌の元素分析,2007,オーム社
- ICP 発光分析・ICP 質量分析の基礎と実際―装置を使いこなすために,2008,オーム社
- 実務に役立つ! 基本から学べる分析化学,2012,ナツメ社
- ICP 発光分析(分析化学実技シリーズ(機器分析編4)),2013,共立出版
舛田哲也
(株式会社島津製作所)
2014年7月9日 公開