分析機器情報

四重極形質量分析計の原理と応用

概要

 四重極形質量分析計(QMS)の歴史は1950 年代まで遡りますが、1960 年代に入りガス分析を中心に多くの分野で用いられるようになり用途が拡大しました。さらにその後、GC(ガスクロマトグラフ)と結合したGC-MS、ICP(高周波誘導プラズマ)やLC(液体クロマトグラフ)と結合したICP-MS、LC-MS が広く普及し、法規制対応の分析法としても採用されました。
本編では、QMS の原理と特徴を解説し、GC-MS による高分子材料分析、LC/MS/MS による農薬分析、ICP-MS による半導体材料分析の応用例を示して、QMS への理解を深めて頂きます。

1.はじめに

 原子、分子等の化学物質をイオン化し、生成したイオンをその質量によって分離、測定する装置が質量分析計で、現在、最も普及している機器分析装置の一つである。質量分析計自体は試料導入部、イオン化部(イオン源)、質量分離部(アナライザー)、検出部(検出器)、真空排気部(真空ポンプ)、装置制御部・データ処理部(データシステム)等から成るが、アナライザーには種々の型式があり、その一つが四重極形で、四重極形アナライザーを持つ質量分析計が四重極形質量分析計(QMS)である。
 この装置の歴史は1950 年代まで遡るが、1960年代に入りガス分析を中心に多くの分野でQMSが用いられるようになって用途が拡大した。その後1960 年代後半にはQMS の特徴を生かしたガスクロマトグラフ(GC)と結合したガスクロマトグラフ質量分析計(GC-MS)が使用され始め、その後の装置の高性能化、低価格化により順調に普及した。
 わが国では1990 年代に入り、環境分析分野でGC-MS による測定が法律的に義務付けられたことや、半導体などの材料分析を中心にQMS を用いた誘導結合プラズマ質量分析 (ICP-MS)等が用いられるようになり普及が進んだ。そして、2000 年代に入り液体クロマトグラフ(LC)を主にQMS と結合させた液体クロマトグラフ質量分析計(LC-MS)が実用化したことにより普及が加速した。
 QMS は質量分析計の多くの型式の一つであるが、現在、質量分析計として最も普及している装置である。また、QMS は、タンデム質量分析(MS/MS)にもよく用いられる。代表的な装置は三連四重極形(TSQ)で、初段と最終段のQMS で質量分離、真ん中の四重極(最近は必ずしも四重極ではない)で衝突誘導解離(CID)を行う。TSQ 形の装置は定量性が優れていることや種々の測定モードでの測定が可能なためMS/MS として最も普及している。

2.原理と特徴

 QMS のアナライザーは図1に示すように基本的には4本の平行なロッド状電極から成り(最近は一体成型した石英に金メッキを施し、電極間を絶縁したものもある)、相対する電極の極性を同じにして直流電圧と高周波交流電圧を重ね合わせた電圧、±(U+Vcos ω t)を印加し(U は直流電圧、V は交流電圧の最大値、ω= 2 πν、νは高周波の周波数)四重極電場を形成している。又、基本的な配置は図に示すように四重極の一端にはイオン源があり、もう一端には検出器がある。

四重極型アナライザーにおけるイオン分離と検出の概念図

 低い加速電圧で四重極ロッドに沿ってイオンを四重極電場に入射すると、イオンは上下,左右方向に振動しながら進むが、2U/V を一定に保ちつつ、電圧を変化させるとある瞬間には特定のm/z 値のイオンのみが安定な振動運動をして四重極を通り抜け検出器に到達する。一方、その他のm/z 値を持つイオンは振幅が大きくなり発散して電極に衝突してしまう。特定のm/z 値のイオンのみを通すことからQMS がマスフィルターと呼ばれる所以である。
 QMS の特徴は、1)作動真空度が低くてすむ(通常~ 10-5 Torr)、2)小型化が可能、3)高速走査が可能(最新のものでは10,000u/sec 以上 u=統一原子質量単位)、4)廉価、5)操作が容易、6)堅牢性が高く保守が容易、など多くの利点を持つ。1)は排気系(ポンプ)を小さくできることで装置の小型化を可能にするばかりではなく真空装置であるQMS の立ち上げ時間の短縮化を可能にする。また、装置への導入許容量を多くできるのでGC-MS やLC-MS などのシステムや大気圧下でのイオン化法との組み合わせを構築しやすい。2)はQMS がベンチトップ型であることを当り前にし、設置面積を小さくできる利点とも結びついている。3)は早いサンプリングを必要とするキャピラリーGC と結合するときに有利で、精度の高いクロマトグラムや濃度依存性の少ない質量スペクトルの測定を可能にする。また、この特徴に関連し、最近はSCAN (全イオン検出:特定の質量範囲の質量スペクトルを一定時間間隔で測定するモードで主に定性分析に用いられる)とSIM( 選択イオン検出:ターゲットとなる化合物に特有のイオンのm/z 値のみを高感度に測定するモードで定量分析に用いられる)を交互に高速で切り替えての測定(実質的に同時測定)が可能になり、一回の試料注入で2つのモードによる測定が可能になっている。4)は普及が進んだことによりコストダウンが図られた結果で、購入しやすい利点につながっている。5)は特に専任のオペレーターは不要で、多くの人がQMS を道具として使用できることを意味し、人的なコスト削減にも役立っている。6)は故障が少なく実稼働時間を長くでき、またメンテナンスや故障時の対応が素早くできるため生産性向上に貢献している。
 なお、1),2)の特徴に関連して各種分離分析装置との組み合わせが容易であることも特徴で、実際に組み合わせはGC、LC、CE(キャピラリー電気泳動)、SFC(超臨界流体クロマトグラフ)、IC(イオンクロマトグラフ)など多岐にわたり、使用範囲の拡大に役立っている。また、イオン化法との組み合わせもEI(電子イオン化)、CI(化学イオン化)、ESI(エレクトロスプレーイオン化)、APCI(大気圧化学イオン化)、FAB(高速原子衝撃)、MALDI(マトリックス支援レーザー脱離イオン化)、ICP-MS、SIMS(二次イオン質量分析)など極めて多く、一部を除き、それぞれが他の型の質量分析計よりも使用される頻度が高い。
 QMS の短所としては1) 質量分解能に限度がありユニット分解能(例えばm/z 85 と86、m/z500 と501 のように質量(u)が1 つ違うイオンを完全に分離できること)程度、2) 測定質量範囲が磁場形や飛行時間形の装置に比べて狭い、などがある。しかしながら得られる情報や測定法が限定されることもあるが、実用上はユニット分解能で十分な場合が多く、また普及しているGC-MS やLC-MS に対しては十分な測定質量域を確保しているので特に問題はない。

3.応用

 QMS は原則として質量分析が適用される全ての分野で用いられていると言っても過言ではない。すなわち、基礎及び応用の分野で物質が関与する全ての分野が対象となる。これらを列挙すると基礎科学としては、化学、薬学、医学、農学、生物学、地質学、天文学、考古学、等であり、応用としては食品、香料、環境、一般化学(化成品)、石油・石化、高分子、半導体、電子材料、エネルギー、法医、化学兵器、金属、鉱業、臨床、医薬品製造・開発、メタボロミクス、プロテオミクス、等、極めて多岐にわたっている。ここではいくつかの応用例を紹介して、QMS を利用した質量分析の一端を示したい。

GC/MSによる高分子材料中の臭素系難燃剤の分析

 グリーン調達関連物質やRoHS 規制の対象物質として名高い臭素系難燃剤であるPBDE(ポリ臭素化ジフェニルエーテル)は分子量が大きく(デカブロモ体で約960)、揮発性が低いことからGC-MS による測定は必ずしも容易ではない。図2にデカブロモ体の質量スペクトル、PBDE標準混合物のSCAN とSIM の同時測定時の全イオン電流クロマトグラム(TICC)及び実際のプラスチックを熱抽出して測定した各ブロモ体のSIM クロマトグラムを示した。難燃剤として使用されたヘプタ体~デカ体のPBDE が感度良く測定されているのがわかる。SCAN モードで測定した質量スペクトルにより多くの種類が存在する臭素系難燃剤のうちPBDE を確実に同定できている。 2006 年5月からのポジティブリスト制の施行により数多くの農薬成分が規制対象となり、一斉分析法としてGC/MS、LC/MS、LC/MS/MS 法が採用されたが、特にLC/MS/MS 法は極めて選択性が高いためマトリックス(共存成分)の影響を大きく軽減できる特徴がある。図3にMS/MSとして最も普及している三連四重極形(TSQ)の装置を用いた測定例を示した(みかん抽出液に標品を添加したもの)。

LC/MS/MSによるポジティブリスト対応農薬の分析

 MS/MS での選択的検出に用いられる選択反応検出(SRM)モードと比較のためのSIM モードのクロマトグラムでは、前者が極めて選択的な検出がなされている一方、後者は明らかに共存成分の影響を受けており、MS/MS 法の優位性が証明されている。
 半導体関連の分析ではフォトレジスト、高純度化学薬品、超純水、シリコンウェハ等の種々の試料が存在し、いずれも含有する不純物に対してppt レベルの超高感度の測定を必要とする。ICP-MS はその測定に最適の装置であり、その中でQMS は最も普及している質量分析計である。

ICP-MSによる半導体材料の分析

図4は半導体製造の各プロセスにかかわる試料でICP-MS の対象となるものを模式的に示したものであるが、いずれの測定においてもQMS のICPMS は十分な役割を果たしている。

代島茂樹
(アジレント・テクノロジー(株))

2012年2月13日 公開

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