透過電子顕微鏡(TEM/AEM)の原理と応用
概要
透過電子顕微鏡(TEM)は、数百倍~数百万倍の広い倍率をカバーする試料の投影拡大像を得ることのできる装置です。また、X線分析装置や電子線エネルギー損失分光装置を付加することにより、微小部の元素分析や状態解析までも可能となります(分析電子顕微鏡:AEM)。これにより、生物の微細構造の観察、解析から各種工業材料、半導体の構造、機能、不良・欠陥などを評価・解析することが可能となります。
本編では、TEM/AEM の構造と原理を解説し、高機能セラミックス複合材料の原子レベルの高分解能観察とX線分析のデータを解析応用例として紹介します。
1.はじめに
透過電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope:以下TEM と略記)は光学顕微鏡(以下光顕と略記)と同様に試料の拡大投影像を得るための装置である。その拡大倍率範囲は、数十μmサイズの細胞全体の観察(数百倍)からサブnmの原子配列構造観察(数百万倍)までをカバーできるほどに広い。また、結像レンズ系のレンズ強度を調整することでTEM 像観察モードから電子回折観察モードへと簡単に切り替えることができ、観察視野に対応した微小領域の構造解析を瞬時に行うこともできる。さらに、エネルギー分散型X 線分光装置(EDS)や電子エネルギー損失分光装置(EELS)を取り付けることで分析電子顕微鏡(Analytical Electron Microscope:以下AEM と略記)としての機能が加わり、観察領域に含まれる元素の分析や状態解析までもが可能になる。
同一の観察領域からこうした様々な情報を取得できることがTEM の大きな特長であり、生物、高分子、セラミックス、半導体、金属など多くの分野における基礎研究をはじめ、新製品の開発やその評価などに幅広く利用されている。
2.透過電子顕微鏡の構造と原理
TEM の中心となる鏡筒には電子銃、電子レンズ、試料駆動装置、像観察装置などの電子光学系が組み込まれている。それらを安定かつ適正に駆動してTEM としての性能を確保するために高安定化電源系、真空排気系、水冷系などが配備されている。そして、これらの系を統括する操作系、制御系が加わってTEM が顕微装置システムとして機能するようになる(図1)。
鏡筒内の電子光学系配置は光顕の光学系を上下逆さまに配置したものと同等であり、最上部には光顕の光源に相当する電子線発生装置(電子銃と呼ぶ)が搭載されている。フィラメント(陰極)、ウェーネルト電極(グリッド)、アノード(陽極)で構成される電子銃は電子ビーム発生機構の違いにより、電界放出型(FEG)と熱電子放出型(TEG)の2つに大別される。いずれもアース電位の陽極に対して負の高圧(加速電圧)を陰極に印加して電子を加速する。FEG はTEGに比べ、高輝度で干渉性の高い微小プローブを得ることができるため極微領域の高精度分析に威力を発揮するが、これを安定に稼働させるためには超高真空環境を準備する必要がある。 電子銃の下には照射系レンズ群が続き、さらに試料駆動系、対物レンズ、結像系レンズ群が続く(図2)。
いずれのレンズにも、光軸が回転中心となるようにソレノイドコイル、ヨーク、上下磁極片を配置した磁界型電子レンズ(図3)が使われている。
コイルの励磁電流を変化させて焦点距離を調整できることがガラスレンズとは異なる利点であり、照射領域調整、焦点合わせ、観察モードの切り替え、拡大倍率の調整などは全てそれぞれの機能に係わるレンズコイルの励磁電流を調整して行われる。
照射系レンズ群は、電子銃で発生した電子ビームを様々な状態に整形して試料上に伝達させる役目を持つ。TEM 像を観察する時には視野領域を均一で平行なビームで照射するモードが適用される。また極微小領域の分析を目的とするときにはnm オーダーのスポットビームを形成するモードへと簡単に切り替えることができる。
試料駆動系では、幅広い倍率範囲のどこにおいてもスムーズに試料位置制御の可能な機能が必要とされる。原子オーダーの高精度制御性能と長時間位置安定性の確保のために機械駆動系とピエゾ駆動系とを併用した装置も開発されている。試料はサイドエントリー型試料ホルダの先端に取り付け、予備排気室を通って鏡筒内に搬送される。加熱、冷却、引っ張りの機能が組み込まれた試料ホルダを利用すれば、試料変化の過程をその場で観察できるマイクロラボラトリーが実現する。 結像系の初段レンズである対物レンズは、TEM の性能に深くかかわるレンズであり、その性能を最大限に引き出すために必要な最適励磁条件の下で使われる。(1)式に対物レンズの球面収差係数(Cs)とTEM の分解能(d)との関係を示す。
d= 0.65Cs1/4 λ3/4 (1)
λ;電子の波長
球面収差補正装置を搭載すればCs 値を任意に調整できるため、分解能は簡単に向上するように思えるが、残念ながら色収差など他の要因によりサブオングストローム以上の高い分解能の実現が阻まれている。
対物レンズの下方には中間レンズ、投影レンズからなる多段の結像系レンズ群が配備されている。
このレンズ群には2つの機能が課せられている。一つは、対物レンズの像面と第1中間レンズの物面とを一致させた拡大像観察モード(TEM モード)と第1中間レンズの物面を対物レンズの後焦点面と一致させた電子回折パターン観察モード(DIFF モード)との切り替え機能である。観察視野に対応した結晶構造情報の取得に利用される。もう一つはTEM モードにおける拡大倍率や、DIFF モードにおけるカメラ長(電子回折パターンの拡大率に相当する値)の調整機能である。観察対象となる構造サイズや電子ビーム照射への耐性などを考慮してあらかじめ設定されている倍率やカメラ長の中から適切なものを選択する。
以上の電子光学系を通った拡大像は、蛍光板上に投影されて光学像に変換される。これを拡大ルーペを介して観察し、軸調整や焦点合わせを行う。
3.高分解能像観察と微小領域分析例
加熱炉やエンジンなどの構造部材として利用される耐熱衝撃特性の高い高機能セラミック複合材料(SiC/Si3N4 複合焼結体)の原子構造を加速電圧200kV の電界放出型AEM で観察した例を図4(1)に示す。画面の右上方向から左下方向に走る結晶界面の上方部分は原子カラムが点状に規則正しく配列したSiC 結晶の原子構造像であり、界面より下方の花びら模様はSi3N4 結晶の原子構造像である。原子構造像を観察するために結晶の晶帯軸に沿って電子線が入射するように試料傾斜を調整するには、電子回折パターンを利用する。また、試料内の微小領域に電子ビームを絞って照射し、発生する特性X 線のエネルギーを分析(EDS 分析)すれば、その領域を構成している元素を知ることができる。図4(2)および(3)には、界面の上下部分のA、B で示した約1nm φの領域からのEDS スペクトルを示す。
スペクトル分析の結果、A を含む領域にはSi とC が、また、B を含む領域にはSi とN が存在していることが判る。
4.おわりに
微小領域の分析技術には様々な手法があるが、AEM は局所領域の形態情報を観察しながら、同一部位の構造情報、電子状態情報、組成情報までも得ることのできる総合分析装置と位置付けることができる。近年、高分解能化の妨げであった球面収差を補正することができるようになり、原子カラムを単位とした元素分析も可能となった。このような高性能装置の性能を発揮させるには、床振動、室温変化、磁場変化など設置室環境の安定確保が必要不可欠である。
福嶋球琳男
(日本電子(株))
2012年2月13日 公開