走査電子顕微鏡(SEM)の原理と応用
1. はじめに
走査電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)は電子線を試料に当てて表面を観察する装置であり、X 線検出器を取り付けて元素分析を行うこともできる。図1に、スギ花粉の光学顕微鏡画像とSEM 画像を比較して示す。このように、SEM は光学顕微鏡をはるかに凌ぐ分解能を有するため、材料や半導体デバイス、医学、生物学など、様々な分野で幅広く利用されている。
図1 光学顕微鏡とSEM の画像比較(試料名:スギ花粉)
2.SEM の原理
図2にSEM の構造を示す。電子銃では電子源から電子線を発生させて加速する。電子線の加速電圧は、一般的なSEM で数100V から30kV 程度である。集束レンズと対物レンズは、加速した電子線を試料上に電子スポットとして集束する。 走査コイルは、電子スポットを探針(プローブ)として試料上を移動させる。これを電子線走査と言う。検出器は試料の電子線照射点から発生した信号電子を検出し、信号電子の量を各点の明るさとして表示したのがSEM 像である。信号電子の発生量は表面の凹凸構造で変化するため、SEM像には試料の表面形態が映し出される。
電子源から発生した電子がガス分子と衝突しないで試料に到達するには、10-2 ~10-3Pa の真空が必要である。そのため、SEM の本体は真空ポンプで真空状態に保ち、観察試料も真空状態で壊れないように水分を除去する等の前処理を行う。また電子線照射で帯電しないように、試料表面に導電性を与える前処理も行われる。
図2 SEM の構造と像形成原理
3.SEM の分解能
SEM の分解能は試料上の電子スポットの直径(プローブサイズ)で決まり、スポット径が小さいほど分解能が高く、より微細なものまで鮮明に観察することができる。小さいスポットを作るには、電子源から発生する電子の密度(これを電子源の輝度と言う)を高くしなければならない。
図3にSEM で用いられている代表的な電子源の例を示す。W(タングステン)フィラメント形は、W フィラメントを通電加熱して、熱エネルギーで電子を引き出す方式である。電界放出形(FE:Field Emission) は、室温でW 単結晶の針の先端に電圧を印加し、強電界で電子を引き出す。FE 電子源を動作させるには電子銃を10-8Paの超高真空にする必要があり、専用の真空ポンプが必要となる。その代わりW フィラメントの約1000 倍の高輝度が得られ、1nm 以下の極めて小さい電子スポット径を実現できる。このため、高分解能用SEM にはFE 電子源が用いられ、この方式のSEM をFE-SEM と言う。SEM の電子源には、この他にもショットキー(SE:Schottky Emission)形電子源があり、これも広く普及している。SE 電子源は電界と熱エネルギーの両方の作用で電子を引き出し、FE に近い輝度で高安定なビーム電流が得られる利点がある。
図3 SEM に用いられている電子源の例
4.SEM の高分解能化
SEM の分解能は、電子源以外に対物レンズの集束性能にも左右される。集束性能は焦点距離が短いほど向上するため、対物レンズの焦点距離を短縮する試みがなされてきた。図4に、電子レンズ(集束レンズ、対物レンズ)の構造を示す。電子レンズはコイルと磁路で構成される電磁石で、磁路の切れ目(磁極)から発生するレンズ磁界領域が電子線に集束作用(凸レンズ作用)を与える。
試料面をレンズ磁界に近づけると焦点距離が短縮するため、小形試料をレンズ磁界内に配置するインレンズ方式が開発された。インレンズ方式とFE 電子源を組み合わせたインレンズ形FE-SEMは、現在最も分解能の高いSEM である。これに対して、試料を対物レンズの下方に配置する方式をアウトレンズ方式と言う。アウトレンズ方式はインレンズより分解能は劣るが、鉄などの磁性体試料でもレンズ磁界に影響を与えず、大きな試料も観察できるため、試料の制約が小さい。
インレンズで観察できない大きな試料を短い焦点距離で観察するために、セミインレンズ方式のFE-SEM が開発された。図5にセミインレンズ方式の対物レンズ断面を示す。セミインレンズでは磁極が試料側に配置され、磁路の下方にレンズ磁界が発生する。そのため大きな試料を対物レンズ下部に配置しても、インレンズと同等の短い焦点距離が実現する。図6に、アウトレンズ方式とセミインレンズ方式のFE-SEM の画像例を示す(加速電圧2kV)。このように、対物レンズの焦点距離を短縮することで分解能が大幅に向上する。
図4 電子レンズの構造
図5 セミインレンズ方式の対物レンズ断面
図6 アウトレンズ方式とセミインレンズ方式のFE-SEM の画像例(試料:ITO 膜、2kV)
5.SEM の応用
電子線照射で試料から発生する信号電子の中で、エネルギーが50eV 以下の電子を二次電子、それより高いエネルギーの電子を反射電子と言う。二次電子と反射電子は通常、別々の検出器で検出する。図7に、アルミナとニッケルの複合材料の二次電子像(加速電圧1.5kV)と反射電子像(加速電圧10kV)の例を示す。二次電子像ではアルミナ表面の凹凸が明瞭に観察でき、反射電子像ではニッケル粒子が明るく見えている。このように、加速電圧と信号電子(二次電子/ 反射電子)を適切に選択することで、凹凸構造や材料の違いを強調して表示することができる。
図8にステンレス鋼(SUS)から発生するX線のスペクトル例を示す。スペクトルのピークは物質固有のエネルギーを持つため、スペクトルを分析すると構成元素が分かる。図9に、X 線で面分析した元素分布の例を示す。図9(b)(c)は、亜鉛とビスマスの分布状態を示している。元素分析では、材料の違いが強調される反射電子像(図9(a))で場所を確認すると便利である。
図7 二次電子像と反射電子像の例
(試料:アルミナ/ ニッケル複合材料)
試料ご提供:関野徹先生(大阪大学産業科学研究所)
図8 X 線スペクトルの例
図9 X 線で面分析した元素分布の例
(試料:バリスタ断面、加速電圧15kV)
6.おわりに
SEM は、1965年に英国のCambridge Instrument社が最初の商用機を開発して以来、分解能、像コントラスト、操作性などで絶え間ない高性能化の歩みを続け、今日までに目覚ましい進歩を遂げている。1972 年に輝度の高いFE 電子源が製品化されて分解能が飛躍的に向上すると、未知の扉が次々と開かれた。さらに、インレンズ方式やセミインレンズ方式の開発、信号検出技術の進歩によって、それまで見えなかったものが見えるようになり、世界各国で開催される顕微鏡学会では、様々な分野で新たな発見や知見が積み上げられている。
SEM に興味を抱き、SEM を詳しく勉強したい方には、下記の参考図書をお勧めする。
- ○参考図書:
- 日本顕微鏡学会関東支部 編、新・走査電子顕微鏡、 共立出版、2011 年
佐藤 貢
(株式会社日立ハイテクノロジーズ)
2015年5月20日 公開