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超臨界流体クロマトグラフの原理と応用

1.超臨界状態とは

物質は温度や圧力の条件によって、固体、液体、気体の状態となります。例えば、水は常温・常圧では液体ですが、常圧では100℃で水蒸気(気体)になり、0℃で氷(固体)になります。このように物質の状態が変化することを状態変化と言います。

内部を真空にした密閉容器内での、水の状態変化について考えてみましょう。この容器に水を入れると、水が蒸発し、図1のように上部が気相の水蒸気、下部が液相の水となります。水蒸気の圧力がある値に達すると、水が水蒸気になる速さと、水蒸気が水になる速さが等しくなり、蒸発が見かけ上は止まります。このときの水蒸気の圧力を飽和水蒸気圧と言います。ある温度における容器内の圧力は、その温度での飽和水蒸気圧になります。

飽和蒸気圧

図1 飽和蒸気圧

 

この容器を加熱していくと、液相の水は膨張しながら蒸発していくため、密度が減少していきます。一方、気相の水蒸気は液相から水蒸気が供給されるため、密度が増加していきます。そして、温度374℃、圧力22.06 MPa を超えると、液体の水の密度と水蒸気の密度が同じ値になり、液体の水と水蒸気の区別がつかなくなり、全体がひとつの相となります。このような状態となった水は、圧力をそれ以上高くしても液体になることはありません。例えるなら、液化しない高密度の気体のような状態と言えるでしょう。

 

液体から超臨界状態への状態変化

図2 液体から超臨界状態への状態変化

 

このような状態を超臨界状態といい、超臨界状態にある物質を超臨界流体といいます。物質が超臨界状態になる温度と圧力を臨界点と言い、温度を臨界温度、圧力を臨界圧力と言います。図3に物質の相図、表1に種々の物質の臨界温度と臨界圧力を示します。

 

物質の相図

図3 物質の相図

 

表1 種々の物質の臨界温度と臨界圧力
物質 臨界温度(℃) 臨界圧力(MPa)
NH2 132 11.28
CO2 31 7.38
N2O 36 7.24
H2O 374 22.06
C3H8 97 4.25
C6H14 234 2.97
CH3OH 239 8.09
C2H5OH 243 6.38
C6H5CH3 318 4.11

超臨界流体の密度は液体に近く、物質をよく溶かします。粘性は液体より気体に近い値を示し、超臨界流体中の物質の移動速度(拡散係数)は液体と気体の中間くらいになります。総じて、超臨界流体は液体と気体の中間の性質を示し、温度と圧力を変えることによって性質を大きく変化させることができます。これにより、超臨界流体はクロマトグラフィーの移動相、抽出、化学反応の溶媒など、さまざまな用途に使われています。

 

表2 物質の比較
気体 臨界状態 液体
密度 [kg/cm3] 1 100~1000 1000
粘度 [mPa・s] 0.01 0.1 1
拡散係数 [m2/s] 10-5 10-5 ~10-8 10-10
熱伝導率x10-3 [W/(m・K)] 5 ~ 30 20 ~150 50~200

2.超臨界二酸化炭素の特長

すべての物質は臨界点以上で超臨界状態となりますが、臨界圧力や臨界温度が高いものは実用的ではありません。現在、超臨界流体として幅広い分野で使われているのは二酸化炭素です。二酸化炭素は臨界温度31.1℃、臨界圧力7.38 MPa という扱いやすい条件で超臨界状態にすることができ、次のような特長を有しています。

  • 化学的に不活性で毒性がありません。
  • 引火性や化学反応性がないため安全です。
  • 無極性のため油脂などをよく溶かします。
  • 二酸化炭素は常温常圧下で気体となって放出されるため、溶媒除去や濃縮などの後処理が容易です。
  • 高純度な二酸化炭素を低価格で入手できるため、低ランニングコストを実現できます。
  • 石油化学工場などから排出された二酸化炭素を回収、精製して使用しているため、二酸化炭素排出量を増加させません。
超臨界流体二酸化炭素の状態変化の様子を示す映像(YouTube)

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3.超臨界流体クロマトグラフィーとは

超臨界流体クロマトグラフィー(Supercritical Fluid Chromatography、以下SFC)は、超臨界流体を移動相に用いたクロマトグラフィーです。

超臨界流体は液体に比べて粘性が1 桁以上小さく、超臨界流体中の物質の拡散係数は液体中より数百倍の値となります。そのため、SFC は移動相の流速を大きくしても高い分離効率が得られるので、液体を移動相とする高速液体クロマトグラフィー(High Performance Liquid Chromatography、以下HPLC)と比較し、高速な分離を行うことが可能です。また、超臨界流体の密度や性質は、圧力や温度によって変化するため、圧力と温度が分離を調整するための有力な操作条件となります。さらに、超臨界流体にモディファイアーと呼ばれるアルコールなどの補助溶媒を混合することにより、移動相全体の性質を変化させ、保持時間や分離を調整することが可能です。

 

一般に、SFC の移動相として用いられる物質は二酸化炭素です。二酸化炭素の極性はヘキサンと同程度であり、基本的には非極性の物質の分離に適しています。そのため、シリカゲルを充填剤としたカラムを用いると、順相クロマトグラフィーのような保持挙動を示します。また、逆相クロマトグラフィーで用いられる充填カラムを利用することも可能です。このとき、とくに極性が高い物質を分離するときには、モディファイアーを用います。  さらに極性が高い物質を分離する場合には、モディファイアーの添加量を増やす必要があります。

二酸化炭素にアルコールを添加すると、その混合物の臨界点は、二酸化炭素の臨界点より高くなります。そのため、実際には移動相が超臨界状態に達していない亜臨界状態や液体状態で分離が行われている場合が多々ありますが、便宜上、超臨界流体クロマトグラフィーと呼んでいます。

図4は超臨界流体クロマトグラフの基本的な流路図を示したものです。移動相の二酸化炭素は「2:液化二酸化炭素ポンプ」で液体状態で送液されます。「10:カラムオーブン」で温度、「13:自動圧力調整弁」で圧力を制御し、移動相を超臨界状態にします。モディファイアーを添加するときには、「5:モディファイアー送液ポンプ」により送液し、二酸化炭素とモディファイアーの組成比を任意に決めることができます。「11:カラム」を通過した後は検出器に入ります。一般的に光学検出器は13 の前に配置されるため、高耐圧セルが必要となります。

 

SFC の基本的な流路図

図4 SFC の基本的な流路図

 

その他、水素炎イオン化型検出器(FID)、質量分析計(MS)、蒸発光散乱検出器(ELSD)なども利用することが可能です。これらの検出器を13 の上流に配置する場合は「14:スプリッター」を用いて移動相の一部を検出器に導入します。このとき、移動相を確実に検出器に導入したり、感度を向上したりする目的で「16:イオン化促進剤送液ポンプ」を使って溶媒を加える場合があります。流速が小さい場合は、13 の下流に検出器を配置し、全量を導入することも可能です。

また、セミ分取/分取SFC では、分離分画した試料を常圧にすると、二酸化炭素が気化するため、分取後の溶媒除去の後処理が容易です。
SFC は圧力、温度、モディファイアーの割合を制御することにより、移動相を超臨界状態、亜臨界状態、液体と変化させることができることから、UFC(Unified Fluid Chromatography) やUC(Unified Chromatography)と呼ばれる場合があります。

4.広がるSFC の応用例

従来、SFC の適用範囲はキラル分析や低極性成分の分析程度と考えられていました。近年、超臨界流体技術の基礎研究が進み、装置の高性能化やカラムの多様化を背景に、さまざまな応用例が報告されるようになりました。現在では、アキラル分析や高極性化合物の分析も行われるようになり、分析対象とする試料も広がりつつあります。

 

SFC による分析例
図5 SFC による分析例

 

また、SFC はガスクロマトグラフィー(Gas Chromatography、以下GC)やHPLC では見られない分離挙動を示すこともあり、GC やLC で分離できないものがSFC で分離できることがあります。さらに、分取SFC、SFC-MS などの登場により、SFC はGC やLC に続く「第3のクロマトグラフィー」としてあらためて注目されています。

桑嶋 幹
(日本分光株式会社)

2018年4月26日 公開

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