エネルギー分散型蛍光X線分析装置の原理と応用
概要
物質にX線を照射すると蛍光X線が発生し、その中には元素特有の特性X線が含まれています。その特性X線のエネルギーを強度として計測することにより、非破壊、多元素同時かつ前処理不要で粉末、液体、固体試料中の元素分析や元素分布を容易に測定することが可能となります。
本編では、エネルギー分散型蛍光X線分析装置の原理・特徴を解説し、応用例として絵皿に使用された顔料と携帯電話の元素分布(マッピング)を示し、実用方法を紹介致します。
1.はじめに
蛍光X線分析法とは、『蛍光X線を測定し、物質の定性・定量を行なう方法』(JIS K 0212:2007)と定義されています。JIS に定義されるように蛍光X線分析法は、試料中の元素とその量に関する情報が得られる分析法であるため、元素の定性・定量分析に有用であることから、様々な分野において研究開発、品質管理の手法の一つとして用いられています。特に品質管理では、蛍光X線分析の特長の1つである非破壊・非接触で測定が行えることから、実際の製品を試料とした分析が行えます。この蛍光X線分析装置は、波長分散型とエネルギー分散型があり、エネルギー分散型蛍光X線は、書籍などにおいてEDXRF(Energy Dispersive X-ray Fluorescence Spectrometer)やEDXなどと表記されております。
2.エネルギー分散型蛍光X線分析装置の原理
物質にX線を照射すると、大部分のX線は物質をそのまま透過してしまいますが、相互作用としていくつかの現象が起こります。この現象のひとつである光電効果により発生した蛍光X線は、元素ごとに固有のエネルギーを持っているため、このエネルギーを測定することで試料を構成
する元素の定性分析、また、蛍光X線の強度を測定することで定量分析(半定量分析)が行えます。エネルギー分散型蛍光X線分析装置は、高分解能検出器を搭載することで、X線分光光学系(分光結晶)を介することなく、波高分析のみで蛍光X線スペクトルの測定が可能です。
図1 はSUS304 を、エネルギー分散型蛍光X線分析装置で測定したときのスペクトルです。このスペクトルの横軸は、蛍光X線のエネルギーを表しており、左から右へ行くに従いエネルギーは高くなります。蛍光X線のエネルギーの単位はkeV で表します。縦軸は蛍光X線強度です。強度とは、そのエネルギーを持った蛍光X線がどれだけ検出されたかを示しており、単位はcps(Count Per Second)で表します。
次にエネルギー分散型蛍光X線分析装置の装置構成を図2に示します。
蛍光X線分析装置の主な構成は、励起源であるX線発生部と試料室、そして分光と検出を行なう検出器に波高分析器と、データ処理および装置制御部からなります。
X線発生部は、X線管と高圧電源で構成されています。試料中に含まれる元素の蛍光X線を発生させるための一次X線は、フィラメントから発生した熱電子を高電圧で加速させ、金属ターゲットに衝突したときに放射されます。ターゲットから発生するX線は、連続X線とターゲット元素固有の特性X線があります。
試料室は、大気、真空、ガス置換(N2 ガスやHe ガス)など、雰囲気の変更が可能となっています。試料室の雰囲気変更は、分析元素の種類や試料の状態によって行います。エネルギーの低い蛍光X線を分析線として使用する場合は、試料室中の大気による蛍光X線の吸収が生じるため、定性、定量分析の結果に影響を及ぼします。そのため、軽元素を含む試料の測定を行なう場合などは、試料室の雰囲気を真空やHe ガスで置換を行なうなどの対策が必要となります。
エネルギー分散型蛍光X線装置は、X線管や検出器が試料に対して上部に配置されているものと、下部に配置されているものがあります。試料の上面から一次X線を照射する装置の特長は、試料台を2次元、3次元的に駆動させる制御装置を装備させ、試料に対して位置合わせを行いながら的確な測定位置の分析を行うことが可能です。また、試料に一次X線を照射したままの状態で試料台を動かすことで、試料中の元素分布を2次元の画像として取得できるマッピング分析も可能です。
ここでエネルギー分散型蛍光X線分析装置の特徴を以下に挙げます。
a.装置構造が簡単であり小型である
b.多元素同時測定が行える
c.非破壊分析である
d.湿式化学分析のような前処理が不要
e.粉体、液体、固体試料が測定可能
f. 試料形状の自由度が大きい(凹凸など)
g.FP 法による定量では標準物質を用意せずに大よその数値がただちに得られる
3.蛍光X線分析の応用例
<有害金属測定の応用例>
2006 年7月より施行された欧州RoHS は、電子部品に使用されるカドミウム、鉛、水銀、PBB(ポリ臭化ビフェニル)、PBDE(ポリ臭化ジフェニルエーテル)、および六価クロムの含有量の管理を規定しています。RoHS で規制されている元素や形態の精確な定量分析を行うには、様々な分析装置と前処理設備、そして前処理に関する知識や経験を有する人材が必要となります。しかし、一から分析環境を整えることは、世界各国様々な環境に電子部品の工場がある今、時間と費用の面で非常に大掛かりになります。しかしエネルギー分散型蛍光X線装置は、電源供給があれば測定環境は整うことから、分析環境整備の課題解決として、有害金属分析のスクリーニング用途に世界中で広く使用されています。また、我々の生活の身近なところでは、工場跡地や建設予定地における土壌中の有害金属の規制があります。2003 年に土壌汚染対策法が制定され、工場敷地などにおける土壌中の特定有害金属の基準値が設けられました。汚染の調査を行う際には、原子吸光分析(AAS)や発光分光分析(ICP-AES)および質量分析(ICP-MS)などによる分析が公定法として決められていますが、RoHS 分析と同様に大掛かりな設備の準備に加え、前処理の労力などから迅速な分析としては適しません。そこで簡便かつ迅速な分析法として、蛍光X線分析は、土砂類中の全ヒ素および全鉛の定量-エネルギー分散方式蛍光X線分析法としてJIS K 0430 に定義されています。
定性分析の一つであるマッピング分析は、試料面内の元素分布を視覚的に確認することができるため、材料中に含まれる異物分析や偏析などを確認する評価の手法として有効です。図3、4にマッピング分析例を示します。図3は絵皿をマッピングした結果です。この結果では、絵皿に使用されている顔料の元素とその色を視覚的に対応させることができます。よって、考古学などでは重要文化財の復元や分析などに蛍光X線分析装置が使用されています。
図4は携帯電話をマッピングした結果です。
蛍光X線分析では、走査型電子顕微鏡(SEM)の電子線とは異なり、透過力のある一次X線を試料に照射します。そのため、樹脂などでカバーされている試料に対しては、カバーを破壊するなどの処理をせずに、製品内部の元素分布を把握することが可能です。このような特長を利用して、表面には見えない異物や材料の存在を特定できることから、レアメタルの回収や食品の内部に含まれる異物などを見つけ出すことにも利用されています。最近では、身近なところで使用されているノートパソコンや携帯電話、エコカーで注目されているハイブリッド車や電気自動車などには、必ず二次電池が使用されています。この二次電池の材料に混入する小さな金属異物は、性能や安全性を確保するうえでは無視できません。このような異物の発見では広い範囲から小さいものを見つけ、その混入した異物の特定を迅速に行うために、蛍光X線のマッピングや元素分析が利用されています。
篠原圭一郎
((株)日立ハイテクサイエンス)
2012年1月31日 公開