電子顕微鏡の原理
概要
電子顕微鏡は電子線を用いて測定対象物の拡大像を得ることができます。電子線は電磁波として見た場合、非常に波長の短い波ですので、光学顕微鏡などよりはるかに高い倍率での形態観察が可能となります。また、走査電子顕微鏡(SEM)においては、電子線を用いるため、焦点深度が非常に深い立体的な形態観察が可能なこと、数十倍~数万倍以上の広い倍率で観察可能なことが、多くの分野で有益な機能として用いられております。
本編では、電子顕微鏡の位置付け、原理・特徴を透過電子顕微鏡(TEM)、走査電子顕微鏡(SEM)の二種類の電子顕微鏡を取り上げて解説致します。
1. 電子顕微鏡とは
図1に各種観察手段の分解能を示します。
ここで、各種観察手段は「肉眼」「光学顕微鏡」「電子顕微鏡」とします。分解能とは物と物を分離して観察できる最短の距離の事です。ヒトの目の分解能はおおよそ0.1 mmです。それ以上小さい物の観察には、「光学顕微鏡」や「電子顕微鏡」が使用されます。光学顕微鏡では、観察したい試料に光を当てて、像を拡大して観察するのに対して、電子顕微鏡では光の代りに電子線を試料に当てて、像を拡大して観察します。電子顕微鏡は物理や化学、生物から医学部門と大変幅広い分野に利用されています。
電子顕微鏡の歴史は20 世紀初頭にまで遡ります。最初の電子顕微鏡は1932 年にドイツで開発されました。開発者はこの功績で後年「ノーベル物理学賞」を受賞しています。一方、日本では現在の大阪大学にて1940 年国産第一号の電子顕微鏡を完成させています。
2.電子顕微鏡の特徴
図2に光学顕微鏡と電子顕微鏡の原理比較を示します。
図2では、光学顕微鏡の対物レンズや投影レンズ等に対して、透過電子顕微鏡と走査電子顕微鏡の主要構成部が対比できる形で示されています。電子顕微鏡の光学顕微鏡に対するメリットは、倍率では無く分解能になります。光学顕微鏡でも写真の拡大や、高倍率の投影レンズを使用したりすれば、高倍率の画像が得られます。電子顕微鏡では光学顕微鏡の光(可視光線)の代りとして、電子線を用います。光学顕微鏡では、光(可視光線)の波長以下の対象物は見る事が出来ませんが、電子顕微鏡に用いる電子線の波長は光より遥かに「短い」ので、より小さな対象物を分離して見る事が出来ます。従って、電子顕微鏡は光学顕微鏡と比較して、遥かに高い分解能が得られます。
また、電子顕微鏡では安定した電子線を作るために高性能な電源や、顕微鏡内を真空に保つ機構が必要で、光学顕微鏡と比較し大掛かりな構造となります。
3.電子顕微鏡の原理
現在の電子顕微鏡は、その用途や目的によって多種類に分類されますが、大きく「透過電子顕微鏡」と「走査電子顕微鏡」の2 種類に分けられます。
(1) 透過電子顕微鏡(Transmission Electron Microscopy:TEM)
図3に汎用透過電子顕微鏡の外観例を示します。
透過電子顕微鏡は試料に電子線をあてて、それを透過してきた電子を拡大して観察する電子顕微鏡です。試料の構造や構成成分の違いにより、透過する電子の密度が変わります。これが顕微鏡像となります。試料を透過してきた電子線を中間レンズ等で拡大し、電子線によって光る蛍光板にあてて試料を観測します。試料を透かして観察するため、「透過電子顕微鏡」と呼ばれており、対象物を出来るだけ薄く切ったり、電子を透過する薄膜に対象物を塗ったりして観測します。透過電子顕微鏡の電子線を加速させる電圧を「加速電圧」と言いますが、加速電圧が300kV の時の電子線の波長は0.00197nm となります。光学顕微鏡で使用される可視光線の波長は400~800nm となり、電子線の波長がいかに短いか理解できます。透過電子顕微鏡の分解能は、この波長が短い(加速電圧が高い)ほど、高くなります。
(2)走査電子顕微鏡(Scanning Electron Microscopy:SEM)
図4に走査電子顕微鏡の外観例、図5に走査電子顕微鏡の原理を示します。
走査電子顕微鏡は、真空中で細く絞った電子線で試料表面を走査し、その時試料から出てくる情報(信号)を検出してモニタ-上に試料表面の拡大像を表示する電子顕微鏡です。真空中で電子線を試料に照射すると、図5のように二次電子等が試料から放出されます。その他に試料からは反射電子や特性X線等も放出されます。走査電子顕微鏡では、主に二次電子または反射電子の信号を用いて像を表示します。二次電子は試料の表面近くから発生する電子で、それを検出して得られた像(二次電子像と言います)は試料の微細な凹凸を反映しています。一方、反射電子は試料を構成している原子に当たって跳ね返された電子で、反射電子の数は試料の組成(平均原子番号、結晶方位など)に依存します。従って、反射電子像は、試料の組成分布を反映した像となります。また、走査電子顕微鏡にX線検出器を装着して元素分析を行う事も可能です。走査電子顕微鏡は試料形状の観察だけでなく、その試料にどんな元素がどの程度含まれているかを調べるX線分析装置としても活用出来ます。
技術委員会 内田 稔
((株)日立ハイテクノロジーズ)
2012年1月5日 公開